ブックタイトルクムレ60年の歩み

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概要

クムレ60年の歩み

第2章養護と教育の一体化を目指した新しい保育の幕開け絵画領域のデイリープログラムとして、子どもたちは毎朝、クロッキー帳に鉛筆で思い思いに好きなものを描いて遊んだ。保母も、その日その日の子どもが描いた絵を見て、日々変化する子どもの興味や心理状態を知ることができた。そのほか、3原色(赤・青・黄)の絵の具を混ぜ合わせてさまざまな色を創りだし色彩感覚を養う「加色混合法」、大原美術館での絵画鑑賞、ありのままをとらえ表現する「観察画」、絵本からイメージを膨らませた空想の世界を絵に描いて表現する活動なども行った。3言語(英語)領域言語領域では、詩の朗読や絵本の読み聞かせ、また「ドーマン式」による右脳開発として、漢字カードやフラッシュカード、ドッツカードなどを教材として取り入れた。昭和58(1983)年には言語領域活動のひとつとしてマイコンを導入。4・5歳児がキーボードを楽しく操作しながらモノの大小や加減計算、九九など、図形や数に親しんだ。これも、「時代の変化に対応できる柔軟な頭脳を持った子どもを育てる」ため、当時の浅田理事長の発案で行われた。さらに昭和59(1984)年より英語教育もスタートした。外国人女性講師を招き、2 ? 5歳児全員に週3回英会話保育が行われた。子どもの吸収力は驚くべきものがあり、遊びの中でどんどん英単語を覚えていったという。同年に、アメリカのカンザスシティにある2園と姉妹園縁組も結んでいる。遊びの絵や写真、貼り絵などの作品を交換し合う中で、子どもたちは外国の文化に触れ、自然に国際感覚を身につける機会にもなった。保育発表会では、英語劇も繰り広げ、素晴らしい発音で大人たちを驚かせた。昭和50年代後半?平成10年代マイコン導入や英語教育は、当時新聞にも紹介された(山陽新聞)クムレ60年の歩み27